• ウィルコラ

    いよいよ新茶の季節。温度に大きく左右される萌芽の時期、川根には鹿児島よりも遅くやってきます。寒さにじっと耐えてきた冬芽から一斉に芽吹いた新芽の写真が、お世話になっている諸田製茶(http://morota.co.jp/)さんから届きました。水々しい明るい葉が一面に広がり、茶畑の緑はまぶしいくらいです。

    写真からでも新芽の柔らかさが伝わるようです。

    今回の内容は、川根茶の美味しさを育むメカニズムと川根が特定地区であることについてです。

    1. 川根のお茶の風味はどうやって生まれるのか?

    多くの平野部の茶畑は、1日を通して日の当たる温暖な環境下にあります。一方、川根では南アルプスを源流とする大井川に沿った山あいの斜面、土の栄養が豊富で水はけの良い場所に茶畑があります。標高が高いので昼夜の寒暖差が大きく、茶樹(ちゃのき)の成長はゆっくりで、その分養分をたくさん蓄えることができます。また、蛇行しながら流れる大井川からは川霧が立ち上りやすく、この霧は葉の乾燥を防いでくれる為柔らかい葉が育ちます。霧はほかに、程よく日射しを遮るので、お茶の葉は渋みよりも旨み成分を産生します。

    最近は忙しい消費者が増えたこともあり、すぐに濃い色のお茶が飲める深蒸し(普通よりも長く茶葉を蒸す製法)が広く普及しています(浸出時間30秒くらい)。一方、川根では標準蒸しでお茶を作っています(浸出時間1〜1分半)。この製法は茶葉を短時間で蒸す為風味を損ないづらく、お茶本来の香りを楽しめます。私は初めて川根のお茶をいただいた時に初めて浅煎り茶を飲みました。見た目は薄い黄色で、いわゆる美味しいお茶のイメージ(濃い緑色のお茶)とは違っていました。しかし、実際に飲んだ時はしっかりとした香りと旨み(昆布の旨み成分の仲間のテアニンがお茶の旨み成分)が感じられ、「お茶ってこんな味がするのかぁ」と初めてお茶の美味しさ、楽しみ方を体験することができました。また、新茶は葉が特に柔らかいので、茶殻を食べる事も出来ると農家さんに教わりました。家に帰ってから早速サラダに混ぜて食べてみると、本当に柔らかい葉で少し苦みは感じましたが、良いアクセントになりこれも初めての美味しさでした。

    川根は数百年のお茶の歴史を持ち、江戸時代初期までさかのぼります。長い時間をかけて、柔らかい葉を傷めない、お茶の風味を壊さないお茶の製法が確立されてきました。

    南アルプスの自然がもたらす恩恵(土壌、気候条件)と茶農家および製茶を担う人々の努力によって、川根茶の独自の風味は生まれたのです。

    2. 川根はユネスコエコパーク※の一部

    あまり知られていませんが、2014年に指定された南アルプスユネスコエコパークの一部として、川根では自然と人が共生するための取り組みが行なわれています。

    例えば、この辺りで行われている茶草場農法(ちゃくさばのうほう)は、茶畑周囲の半自然草地からススキなどの草を刈り、茶樹の下に敷くことによって肥料としてだけでなく温度管理にも役立てています。また、草地では適度に陽が射す為、動植物にとっても良い住みかとなります。ここには固有種もいて生物多様性の維持に役立っています。

    南アルプスエコパークの核心地域には、南アルプスの3000m級の山々に育まれた貴重な野生動植物が生息しています。もちろん、あのまるい体型ともふもふの脚が可愛いライチョウの住みかにもなっている地域です。

    コロナウイルス感染が収束することを願う日々が続いています。

    雷鳥の里をお茶うけに、おいしい川根茶を早く楽しみたいです。

    茶畑一面に広がる明るい緑色。

    ※ユネスコエコパークとは、ユネスコが生態系の保全と持続可能な資源利用の調和(自然と人間活動の共生)を目的にユネスコが開始した取り組みで、核心地域、緩衝地域、移行地域の3ゾーンから成ります。川根はこのうちの移行地域に属します。

    参考文献    

    武田善行(2004)茶のサイエンス―育種から栽培・加工・喫茶まで.筑波書房

    富田一博(2009)伝統と市場の間で : 川根茶の今後 川根本町・水川. – (フィールドワーク実習調査報告書 ; 平成21年度). p. 19-34